Narrative Practice and Coresearch Centre (NPACC)
ナラティヴ・カウンセリング
NPACCでは、その実践のベースに「ナラティヴ・カウンセリング」と呼ばれるアプローチを置いています。これは、オーストラリア人のマイケル・ホワイトとニュージーランド人のディヴィッド・エプストンという2人のセラピストの貢献を中心に形作られた治療的枠組みです。ナラティヴのカウンセリングは、実践に対する哲学的、思想的なスタンスを大切にしており、簡単に定義、説明することは難しいのですが、ここではナラティヴが大切にしている考え方や魅力的なアイディアの数々を紹介していくことで、私たちの姿勢や取り組みについてできる限りお伝えしたいと思います。
NPACC実践のベースとなるアプローチ
次にNPACCのカウンセリング実践を支えるアプローチ、哲学的姿勢などについて述べます。
カウンセリングのベースとなる会話
ナラティヴ・カウンセリングは、カウンセリングの場で起こる会話というものをとても大切にしています。なぜなら人は、他の誰かとの会話を通して様々なことを振り返り、確認し、そして新しい考え方や行動の可能性を発展させていくのだと考えているからです。さて、このように言ってしまうと、もしかしたら「会話なんて誰でもできる」と思われるかもしれません。しかし果たして本当にそうでしょうか。例えば、ただ相手のいうことにうなずいて受け止めているだけでは当然豊かな会話は生まれません。逆に、自分の意見や正しく見えるアイディアを一方的に押し付けたり、安易なアドバイスをすることは、いい結果にならないばかりか、それ以上の会話の可能性を閉ざしてしまうかもしれません。人に悩みを打ち明けて、十分に満足な会話ができたと感じた経験が、どれくらいあるでしょうか。何か大変な思いや状況を抱えた人の話をしっかりと聞いていくこと、そして可能な限り、様々な気付きや視点に開かれた豊かな会話を行っていくことは、それに臨む姿勢と十分な技術を必要とする活動だとNPACCは考えています。
ナラティヴの哲学・姿勢
では、ナラティヴ・カウンセリングの会話とは、どのようなものになるのでしょうか。ここでは、ナラティヴ・カウンセリングの持つ重要なスローガンや概念とともに、私たちが大切にしている姿勢と、それがどのような会話につながっていくかをご紹介します。もしかしたら、これらのアイディアは、少し不思議な感じがしたり、これまでのカウンセリングの常識と異なっていると感じられるかもしれません。しかし、私たちは、相談に来る方たちと、実り豊かな会話をしていくために、こうした考え方や会話の仕方がとても大切であると信じています。
「人が問題なのではなく、問題が問題なのである」
ナラティヴ・カウンセリングには、「人が問題なのではなく、問題が問題なのである」という大切なスローガンがあります。これはつまり、相談に来た人やその家族、関係者、相談に関わる人や、その関係性を問題とは見なさないということです。何か困難な事態が起きている時、そこでどんなことが起こっていて、その人やその関係者はどんな影響を受けているのかを十分に探索していくことは大切だと思います。そんなとき、「私の考え方が悪い」「あなたの対応が悪い」という結論に安易に飛びついてしまえば、他の可能性を十分検討することはできなくなってしまいます。もっと言えば、何か悪いところを指摘されるかもしれないという雰囲気の中で、自分の気持ちや考えを安心して言葉にしていくことができるでしょうか。
こうした考え方の会話で私たちが目指したいのは、誰も責められずに、今何が起きているのかを、どんな影響がそこにあるのか、そのことをどう考えたらいいのかを、相談に来られた人の言葉に敬意と好奇心を持って、共に探索していくということです。
「その人の人生の専門家は、その人自身である」
私たちは皆、一つとして同じもののない人生を生きています。ですから私たちは、相談に来た人の問題や人生をひとくくりにして扱ったり、通り一遍のアドバイスを安易にしてしまうことはできないし、なによりそれは相手にとっても失礼なことではないかと考えています。自分の人生を最もよく知っており、そしてその人生で何を選び取っていくかを決める権利をもつのは、その人自身なのです。とはいえ、困難な状況の中で、一人で何かを考え、より良い方向を見つけていくことが難しいこともよく知っています。だからこそ、それを考えられるような会話が必要であり、そうした会話を展開していくことこそが、カウンセラーの役割であると考えています。
相談に来た人が問題や、自分の人生についていろいろなことを考えられるような会話を提供するために、私たちは、質問することをとても大事にしています。「あなたにとって、今起きている問題はどのようなものなのか」「それはどんな人生の側面に影響を与えているのか」「逆に、自分の人生にどんなものを招き入れたいのか」「今どんな選択肢が考えられて、どれに可能性を感じられるのだろうか」 相談に来た人が、その質問を受けなければ考えもしなかったような場所を探っていけるように、そんな会話を展開していく方法を学び、技術を磨いています。
「問題のしみ込んだ物語」と「オルタナティヴ・ストーリー」
人生における困難に直面した時に、私たちはどんな会話をしていくことができるのでしょうか。一つ考えられるのは、「この問題のせいで十分に生きられない」「こんなことがあってとても悲しい」といった、問題を出発点とした物語についての会話です。もしかしたら、「こんな風だなんて私はダメな奴だ」と、自分や自分の人生についての深刻な結論に至ってしまうこともあるかもしれません。自分や、自分の人生についてのこうした語り方を、ナラティヴ・カウンセリングでは「問題のしみ込んだ物語」と呼ぶことがあります。もちろん問題の正体や、その影響などをしっかり話すことも大事でしょう。しかし一方で、問題や「問題のしみ込んだ物語」だけに注意を奪われてしまっては見えてこない人生の領域があります。
例えば、私たちは自分の人生においてどんな希望をもって生きてきたのでしょうか? あるいは、私たちが大切にしたい価値観とは? 自分はどんな人でありたいのか? そうした希望や価値観をいつどんな風にして手に入れたのだろうか? 困難な状況にもかかわらず、そうした希望を持ち続けていられたのは、いったいどうしてなのでしょうか? このような視点は、あなたの人生における、「問題のしみ込んだ物語」とは異なる物語を探索する機会を与えてくれます。私たちは、ナラティヴ・カウンセリングで「オルタナティヴ・ストーリー」と呼ばれる、その人が目指したい、好ましいと思える人生の側面も一緒に探していきたいのです。なぜなら、もしも自分の持っている力やつながり、希望や意志に十分に気づくことができたとしたら、それに気づく前は考えもしなかった問題への向き合い方や、問題に対処していく可能性を検討していくことができると思うからです。
ナラティヴ・カウンセリングにおけるユニークな実践
ここまで説明してきたような考え方と会話のアイディアは、それ自体、ナラティヴ・カウンセリングの大きな特徴の一つといえますが、ナラティヴ・カウンセリングでは、このほかにも様々なユニークな実践を発展させてきています。中でも、「アウトサイダーウィットネス&リフレクティングチーム(OW&Rチーム)」と「ナラティヴの手紙」は他ではあまり見られないユニークなもので、NPACCでも積極的に導入を試みています。
アウトサイダーウィットネス&リフレクティングチーム(OW&Rチーム)
カウンセリングと言ったとき、多くの人はカウンセラーと相談に来た人が1対1で話している場面を想像するのではないでしょうか。もしかしたらそこに、相談に来た人の家族やパートナーを加えた場面も想像できるかもしれませんが、やはりそこにあるのはカウンセラーと相談に来た人という1対1の図式です。実際、従来のカウンセリングはそうした構造が基本であり、常識でした。しかし、ナラティヴ・カウンセリングでは、そこにアウトサイダーウィットネスという、もう一つのポジションの参加者を招き入れることで、もっと豊かな会話を発展させていこうという試みがあります。
アウトサイダーウィットネスは、文字通り「外部の証人」という意味です。そのカウンセリングの展開は、非常にシンプルです。最初、カウンセラーと相談に来た人との間で通常のカウンセリングが行われ、アウトサイダーウィットネスは少し離れてその会話に耳を傾けています。そして、区切りのいいタイミングに来たところで、アウトサイダーウィットネスが会話に参加します。彼らは、カウンセラーに質問される形で、そこまでの会話や相談者の物語で、自分の注意を引いた表現や、そこから得たイメージ、そして、それがなぜ自分の琴線に触れたのかや、自分の人生にどんな影響を与えたのかを言葉にしていきます。ちなみにこの時は、相談に来た本人は、直接会話には加わらず、一歩下がってその語り直しをゆっくりと聞くことができます。アウトサイダーウィットネスの話が終わった後、は再度、カウンセラーと相談に来た方との会話が始まります。相談に来た方は、アウトサイダーウィットネスの発言を聞いて何を感じたかについて、また言葉にしていきます。基本的に、NPACCでは、アウトサイダーウィットネスは他のカウンセラーや専門のチームから選ばれますが、時には相談に来た人の関係者や、過去のクライエントなど、様々な人が含まれる可能性があります。
さて、このような第三の参加者がカウンセリングに加わることで、いったい何が起こるのでしょうか。そこには様々な意味があります。例えば、困難な状況における自分の苦悩や努力の道程、そこにある様々な思い、あるいは自分の大切にしてきた価値観や希望など、あなたが語った、あなたが生きてきた物語が誰かに認められる、そんな大切な機会となる可能性を開くことができます。あるいは、あなたの語った物語が、誰かの心の琴線に触れ、その誰かの人生で大切なものを思い起こさせたとしたらどうでしょうか。そのような体験は、時に、問題に立ち向かい、新たな人生の展開を切り開いていくための力となります。また、ひょっとするとカウンセラー以外の視点が入ることで、カウンセラーや当の相談者本人も気づけなかった、けれどもその人にとって大事な人生の側面について気づく可能性を高めてくれるかもしれません。アウトサイダーウィットネスを含めたカウンセリングは、1対1のカウンセリングでは起こりえない、けれどもとても大切な体験を提供する可能性を開いてくれます。
それともう一つ、私たちは、実はこうしたアウトサイダーウィットネスの構造は、カウンセラーや、カウンセラーを目指す人達にとっても重要な機会を提供すると考えています。現在の日本では、カウンセラーが他の人のカウンセリングを見る機会はあまり多くありません。しかし、アウトサイダーウィットネスの実践は、その貴重な学びの機会を参加者に提供してくれます。また、こうした構造は、カウンセリングを提供する等のカウンセラーを支えるという一面も持っています。アウトサイダーウィットネスが機能することで、相談に来た人だけでなく、カウンセラーや、アウトサイダーウィットネスなど、そこに関わる全ての人が様々な形で支えられるのではないかと考えています。
さて、NPACCでは、この会話の構造について、「アウトサイダーウィットネス&リフレクティングチーム」という少し長い呼び方をしています。前者の「アウトサイダーウィットネス」は、ナラティヴ・カウンセリングにおけるこの構造の呼び方です。しかし、実はトム・アンデルセンという人もこうした会話の構造を「リフレクティングチーム」と名付け、長く発展させてきました。ナラティヴ・カウンセリングの創始者であるマイケル・ホワイトも、トム・アンデルセンのリフレクティングチームの考えに影響を受けながら、アウトサイダーウィットネスのアイディアをさらに発展させていきました。NPACCではこの2つの名称の両方に敬意を払うために、それらを組み合わせて「アウトサイダーウィットネス&リフレクティングチーム(OW&Rチーム)」と呼んでいます。
ナラティヴの手紙
ナラティヴ・カウンセリングでは、カウンセリングの後などに、相談に来られた方へ手紙をかくことがあります。それは主に、カウンセリングの会話の中で、カウンセラーやOW&Rチームが、見聞きした物語をまとめたものであったり、そのことについてのさらなる質問であったり、カウンセラーやOW&Rチームの心に触れたものであったりといった内容です。こうした手紙は、カウンセリングの会話で展開してきた内容を振り返ったり、そこからさらに物事を考えていくきっかけとなることがあります。あるいは、カウンセリングの会話で出てきた、自分や自分の人生における好ましい考え方や知識をしっかりと持っておくため、自分の新しいチャレンジを進めていくための励みや支えとなるかもしれません。そこにはもちろん、手紙を書いてもらい、それを受け取ったりするという営みが持つ、素朴な温かさもあるでしょう。手紙による実践は、これらを含めて様々な意味を持つものだと考えています。NPACCでも、カウンセリングの様々なタイミングで、このような手紙を活用していきたいと考えています。もし積極的に手紙がほしいと思われる方は、カウンセリングの時に、どうぞカウンセラーにそうお伝えください。