「ナラティヴ・カーニバル 2024」アンケート結果

ナラティヴ・カーニバルのイベント報告 2024
2024-07-03
ナラティヴ・カウンセリングの会話術(京都)
2024-08-21
ナラティヴ・カーニバルのイベント報告 2024
2024-07-03
ナラティヴ・カウンセリングの会話術(京都)
2024-08-21

「ナラティヴ・カーニバル 2024」のプログラムに参加した感想を頂いています。その中で、ホームページに掲載していいという許可を頂いたものだけを以下に掲載いたします。

 プログラム 1-1 ナラティヴ・スーパービジョン(RC)の可能性を検討する
1私は過去に受けたSV(個人で受けるものですが)は、ありがたいことに安心安全なものばかりでしたが、こういったRCの場があることで、よりSVのハードルが下がり、身近なものに感じられるかもしれないと可能性を感じました。
2受講して感じたことは、スーパービジョンにおいて、受ける人の中にすでに答えがあるという考え方です。支援者として、クライアントに問いを投げかけることで、その人自身が持つ力を引き出すことができるのだと感じました。
3今までスーパービジョンとRCはまったく別のものとして捉えていましたが、今日、あらためて二つについて聞いて考えて、両者の特徴や効果への理解を自分なりに広げることができました。
4RCのスタイルでのスーパービジョンにとても魅力を感じました。「認証」と「可能性の生成」とラウンドをわけて進めるところ、「仮定法のモード」で「ためらいがちな言語」で言い出し終わることの大切さや、グループアプローチの効用も改めて感じた次第です。スーパーバイザーも一人の人間であり、限界もあるところを、RCメンバー全員でチームとしてフラットに互いに尊重しながら、各々が主体的に学び合うことができると感じました。
5・RCについては、初めて触れました。スーパービジョンにも、個別やグループスーパービジョンの他に、RCという形があることを初めて知り、受けてみたいと感じました。
私は、キャリアコンサルタントをしていますが、キャリアコンサルタントの分野でもRCが、普及していくといいなと感じました。業界団体のアンケートなどのRC型のスーパービジョンをやってほしいなど書いてみようと思います。
6RCのやり方でのスーパーヴィジョンの可能性をより明確にできた。実践に生かしたい。
7認証が難しいと感じており(自分の自動思考に押されてしまう)、何度もRCについてお話を聞きに来ております。声掛けの例をお聞きすると、ああそうだったそういう風に返すといいんだ、と再確認しています。職場内のカンファレンスに活かしていきます。
8私のイメージではRCは敷居の低い参加しやすいSVと受け取っています。SVは自己研鑽のために必要であるがなかなか参加されていない現状がありその問題解決の1つとしてRCが検討されているのだと思いました。私は4月から始まったRCの講座に参加しているのですが、多くの方が参加できるようにアピールできるといいなと感じました。
9これまではRCを受ける側としてしか自分を考えていませんでしたが、なんとか周りにその環境を作ることはできないだろうか、と考えるようになりました。
10RCについて知りたかったので参加しました。自分の組織でも事業や講座の後、振り返りをします。ただ私自身仕事に対してまだまだだと感じているせいもあり、とてもドキドキしてそこに臨んでいます。私のような気持ちでなく、もっと前向きに振り返りができる方がいいですし、その場が学びの機会になることはよく理解しているので、そこに何かできることはないだろうかと考えていました。先輩たちは私にとってのスーパーバイザーにあたると思うので、彼らに認証と可能性の生成のプロセスについて話してみたいと思っています。今は少しずつ取り入れていければという地点にいます。
11ナラティヴ初心者には少し難しかった
 プログラム 1-2 まるごと性別解体ショー
1性別が社会的に作り出された概念であるということを聞いていて、「人が問題ではない、問題が問題である」というマイケル・ホワイトの言葉を思い出しました。人が問題ではなく、問題を問題として捉える視点は、自信が違和感を感じて、初めてそこにある「問題」がディスコースの産物であるということが認識されるのかもしれません。その時、それに対してどのように向き合っていくかというストーリーが、そこにはあるのだと思いました。
2とても面白かったです!性別に関してしっかり考えたことがなかったなあと改めて思いました。有難うございました。
 プログラム 1-3 発達障害(神経発達症)に向けたオープンダイアローグの実施について(対話的居場所の有効性)
1発達障害の方への配慮について、精神障害者にも応用できると思う部分がありました。
まず、相手と自分が違う人間であることを知っておくこと。その上で、より自分に近い人に起こることは、自分に応用をしやすいこと、などに気付くことができました。
精神障害のベースに、発達特性ゆえのご苦労が考えられるのではないか、という指摘も、とても頷く部分がありました。
また、途中で、他の障害についても話題に上りましたが、人の障害というものは、なかなか分けられるものではないことや、色んな障害が複合的に絡んだ状態を想定に入れることの大切さにも、あらためて思いを馳せました。
発表してくださったとらっちさんの一人で頑張れてしまう部分、に対して、少し自分の身も重なり、とらっちさんの言葉【リフレーミング】から、自分だから出来る事、というとらえ直しをすることも出来ました。
【出来るけど、努力が必要】な物事に対しての取り組み方について、努力し続けている人達での、苦労のシェアなどもしてみたい思いが湧きました。自分と似ている人に対するサポートの苦労に関しても、シェアをしていけたらいいなと思うし、そんな機会を一度作ってみたい思いがあります。
2オープンダイアローグに限らず、原理や原則を設定しているものは、それらを設定していること自体に意味があると思うので、原則を満たしていないものをオープンダイアローグとして他のアプローチと比較検討するのはやや無理があると感じた。原則をいくつ、どの原則を満たしているか、による比較検討は可能だと思う。また、団体によって作法が違い過ぎることで、個々人の体験の差が著しく開くことは、作法がある技法の普及にとってはデメリットになるのでは?
発表者の対話的アプローチを取り入れた自助会活動と場作り自体は意味あるものだと思う。

対話的アプローチは、障害があろうが無かろうが、背景や文化という概念を双方が理解出来ることが前提になっている。逆に過度に対話に期待しすぎることは、“対話ができない”という障害を生み出してしまう、と思った。
 プログラム 1-4 コレクティヴ・ナラティヴ・プラクティス:複数の人やグループへのナラティヴ・アプローチの可能性
1話しを聞いてみませんか? って、素敵な誘いかただなと、やさしい気持ちになれました。
2集団に対してどのようにアプローチしたらいいのか、ヒントをもらえたような気がします。
3手紙の実践(文書化実践)についてこれまでも見聞きしてきましたが、デンボロウさんの取り組みを聞いて、様々なフィールドに活かせる希望を感じました。同じような境遇にいる人の話を聴く機会も貴重ですが、返事(応答)をもらうことによって、手紙を出した人自身も認証されるしくみのように感じました。自分自身の活動の中で取り組んでみたいと思います。
4これまではナラティヴを組織につなげて考えるということはありませんでしたが、参加して希望を持ちました。「ナラティヴ・アプローチが苦難に満ちた人を助けることができるか(言葉が間違っているかもしれませんが)」という言葉が、「やっぱりそこが大切だよね」と改めて思っています。
「わたしたちの話を聞いてみませんか?」ということは、苦難に満ちた人が自分たちの困難さを言葉にすることの苦しさを助けることと共に、苦難に満ちた人がその物語を聞くことにより、まだ言葉になっていない自分の感覚や感情に何かしらの気づきや言葉を得たり、自分自身を認証できたり、新しい価値観に出会うことともつながるのではないかと思ったりしました。30年頃前に、フェミニストグループの「CR(コンシャスネス・レイジング)」に参加していたことが思い出され、共通する何かを感じました。
5傷ついたグループ(組織・集団)という見方、底流に流れる社会正義の考え方、文章という形で間に入ることでの関わり、Do you want to hear a story?という同じように大変な思いをしている人たとの物語に招き入れるという考え方、などなど複数の人やグループへのアプローチ方法として、今まで考えつかなかったものの見方やアプローチを学びました。大きなアウトサイダーウィットネスにも思え、直接会話しないからこその相互の認証による気づきや、他の方へ役立てる機会をもらう経験につながっているなと感じました。
6組織の健康度というのはとても大切なことなのだと感じました。普段生活している中にはない視点ですが、当たり前に考えないといけないのだなと。どれだけの組織が意識しているのかを考えるとゾッとします。組織と言っても2人でも組織と考えると、身近にあったと考えされられましたし、悩んでいたことでした。実現に捕らわれずに、出来ることがあれば提案してみることは出来そうです。
7コレクティヴ・ナラティヴに触れるのは初めてでしたが、ナラティヴの扱う範囲が政治的な問題を含め非常に広いことに驚きました。乱暴な例えになりますが、わたしにとっての「シリア(難民問題)」は何か、考えさせられます。そして、次に何をしようとするのか、プログラムでも聞いてみたいと思いました。
8冒頭で企業を傷ついたクライアントとして考える、という言葉に共鳴しました。
同じ本を1000回読むマイケルホワイトと1000冊の本を読むデイヴィットデンボロウがライバルになるまいと決めて一緒に仕事をしたことそのものがナラティヴの姿勢であり、それがそこにいて関わる人たちに伝わり、個人間の感情的な流しになることなく温かいものが流れるコミュニティーへの可能性を広げていった1つの要因なのかな?と思いました。
経験した人が経験者として語られ、聞かれて、また(生きる)力をつけていく。
自身の経験が誰かの役に立つかもしれないので、そこに差し出してみるのは大事なことかもしれない、と気づいたことは私に安心感と勇気のようなものをもらえた気がしました。
また、支援者として考えたとき、できれば同じような経験を持つ人同士の橋渡しのようなこともできれば、と考えました。
9複数の人やグループへのアプローチという点に興味を持って参加しました。翻訳中の手紙を音読してくださったので、ゆっくり味わいながら時間を過ごすことができ、思わず涙が込み上げるようなところもあり、共に過ごせた感覚を強く持ちました。その場に流れる時間感覚が心地よく、没入できました。組織の階層別(経営者・中堅・新人)のグループ対話を検討しているところがありますが、フィードバックとしての手紙は可能性があるように思いました。
10生まれ故郷を追われたは人の気持ちは、想像しようとしても及ばないと感じた。自分は海外に行くと日本とは違うところでいいところが目について日本よりこっちの方がいいという考えを強く持ってしまう。自分たちの故郷の美しさを忘れないということを胸に抱くことで強く生きていく気持ちを奮い立たせているようにも感じた。目の前にいない人たちに向けて同じ境遇にいる人たちが知恵をしぼって支えあえるという事に感動した。ピアカウンセリングの効果があると思った。先に行っている人がどういう風に乗り越えてきたかを伝えることの大切さを感じた。自分をパイオニアだと思って伝えていく発想を得られた。
11デイヴィット・デンボロウの著作に出会えてよかった。社会構成主義の中での人のあり方、人と人のあり方について考えさせられ、実現可能な融合のかかわりについていろいろなヒントもいただけました。実践の助けになると思います
進め方は朗読を聞いてはデスカッションする形式で、読書会に近いと感じました。
12デイビットデンボロウの仕事の紹介。コレクティブナラティブに進行していくことが役に立つと感じた。もっと知りたいと思った。
13理論としてアウトサイダー・ウイットネスは知っていた。今回の取り組みがまず問題を抱えた学校へ直接アプローチするのではなく、外部の声をそこへ導き入れることで、自分たちの声を取り戻すことに成功している。故郷シリアへの愛。同胞への愛を感じて胸が熱くなった。
 プログラム 1-5 社会構成主義にちょっとだけ触れてみるツアー
1自分の価値観がどのように形成されてきたのか、その背景について振り返ることができました。その価値観は不変のものではなく、時代や状況によって変化していくものなのだということも含めて。
2社会構成主義は言葉として知っていても実際は難しそうという頭があり、なかなか自分から学びに向かえなかったのでこの機会はとても有難かったです。自分の考え方や捉え方、価値判断の根拠がどこから来ているのかを考えるワークで、ディスカッションしていくなかで他の方の価値判断の根拠や考え方を聞けたことで、自分の捉え方のクセに気づいたり、考え方の変遷に気づいたり、考え方が変わるきっかけにまでなったり、得るものがとて多い体験になりました。今後、対人支援の現場でも「その人がその考えに至った背景」がどんなものか、どんな価値判断がそこにあったのか、より一層、興味と関心をもってお聞きしていけそうだなと感じました。
3文化が違うと見えている現実は違う、と言う考え方に初めて触れました。
「これは自分の考え方捉え方だ」と思っていても、自分を取り巻く社会に適応する中で習得してきた価値観だったりするのかな、と思いました。

私は対話的に色んな方の意見を聴く時に「自分の考えはなんて単純で浅はかなんだ」と思ってしまうことが常だったのですが、
最近ポリフォニー、そこにいる全員の意見が尊重されるのだから、他の人の意見を大切にするのと同じように、自分の意見も大切な一つの意見だと思えるようになって来ていて、
今日もグループでお話をしていて、そんな思いを強くしました。
4ワークを通して、自分の考え方がどこからきているのか、何に影響を受けているのかを知る機会となりました。同時に、他者の言動や考え方も、何がそういう行動をさせるのか、何がそういう考え方をさせるのかを、しっかりと聴く姿勢をもつことが大切であることを体験を通して実感しました。月の見え方も文化によってさまざま。どれが正解ではなく、その人が見える世界を臨床の場で一緒に見ていきたいと思いました。
 プログラム 2-1 ナラティヴ・セラピー入門
1わかりやすい例などで説明していただけたのでナラティブについての理解が深まりました。
2改めてナラティブセラピーのお話をお聞きできる機会は貴重でした。
3ナラティヴ・セラピーのわかりにくさを丁寧にわかりやすく教えていただきました。
グループの中では異なるフィールドの方々と話しが出来て、ナラティヴ・セラピーに興味を持てたとか、勉強していきたいという声が聞こえて、私自身も取り組んでいきたと思いました。
4このたびは、ナラティヴ・セラピー入門セミナーに参加させていただき、誠にありがとうございました。セミナーを通じて、ナラティヴ・セラピーの核心である「語られていない潜在的な要素や断片を探索すること」の重要性を学びました。
対話を通じて、新しい物語の可能性を見出していく過程が印象的で、正解のない問いかけに向き合うことで、セラピストとクライアントが協同して新たな意味を創造していく、ナラティヴ・セラピーの本質を学んだような気がします。
5・入門という事で内容を端的にまとめて頂いたものをスライドで提供頂きましたこと、そして、わかりやすい質問例を伺うことができたことがよかったです。ナラティブカウンセリングに関しては、資格取得時の学びや書籍に少しふれることに留まってきましたが、本日のプログラムに参加することで端的に要点を知る事ができたと感じます。まずは、ナラティブカウンセリングを自身が一度受けてみることも体験してみることから始め、本日学んだ質問例などを相談業務の中で必要性を鑑みた上で、取り入れて行くことからやってみようと思いました。
6私は今回初めてナラティブに触れました。
この講義は、ナラティブのことを全く知らない私にも、その扉を開いてくれて、この時間で、私いきなりナラティブに詳しくなった気持ちが勝手にしています。
私は当事者で、経験専門家として普段はオープンダイアローグの団体で活動しています。
今回学んだ事は、今後の対話の場で大いに生かせると思います。
ナラティブの初めの一歩をちょっと踏み出したばかりの私ですが、ナラティブのクライアントさんに向き合う姿勢、考え方、会話の促し方、すごく素敵だと思いました。

ナラティブは難しいとよく聞きますが、勉強してみたいな、と思いました。
7ナラティヴ・セラピーについて、改めて聞くこと、何回も聞くこと、これが大事だなと思いました。
8あらためて、ナラティヴセラピーをおこなう上で大事な点が確認できて、勉強になりました。
 プログラム 2-2 パブリック・カンバセーションを体験してみよう !
1話し合うことの大切さ、相手の話を最後まで聞くということの大切さはよくわかりました。ただ、いろんな方も言われていましたが、実際のビジネスや地域社会の合意形成の場で本当に実現できるのか?については疑問です。
2今日は参加させていただき、ありがとうございました。
話を聞いていただき、また誰かのお話を聞き、内省したり、自分の考えに気づいたりすることがありました
3対立の中であっても会話をすること自体の難しさ、大切さについて考えました。
4参加してみて、場のルールを全員が共有し守られることがいかに重要かということをまず感じました。対立する立場であったとしても互いの意見を「聴く」場が守られていることが前提で、だからこそ自身を顧みられる余地が生まれ、自分にとっての単なる「是か否か」以外に目を向けられるようになるのだと実感しました。とはいえ、今回のテーマはやはり本当の対立構造ではなかったように思うので、自身が受け入れられるかギリギリのテーマだったならばもっと場の作用を感じられたように思いますので、どこかのタイミングで試してみたいと思いました。ありがとうございました。
5個人、組織内での対立は少し違う様に感じるが、パブリック・カンバセーションの構造を護ることと、その前提として「誰に責任でもないことを申し合わせる」を理解してもらうことが重要と感じました。
6テーマが「自分の老後は施設?それとも家で過ごす?」というものだったので、対立構造にはなりませんでしたが、いろいろな意見や考えを聴くなかで色々な思いを巡らせたり幾十にも重なっている部分が少し見えだしたりする感覚がありました。また、何かの方向性を見いだすためのパグリックカンバセーションだけではなく、そのことについて話せる環境や関係作りの意味が大きいことを感じました。繰り返し行うことで、その関係が醸成されていくのだと思います。各参加者に平等に2分、順番にみんなにその権利があること、自分事として話すその構造にも大きな意味があると思いました。
7社会生活の中で「対立」というものを避けたい傾向があるが、実際に対立の場に立った時に、黙って引くでもなく、正しさを主張するでもなく、まわりと協調した希望のある結論を迎える場が作れたらと考えました。
8私たちの持っている「前提」との付き合い方
9テーマが趣旨と違ったように感じましたが、自分を振り返るいい機会をいただいたと
思いました。自分の振り返りをすることから始まるのだと思いました。
10参加者からのアンケート結果から、関心度の高いテーマを選択したのだと思うが、
対立のある考えとなるテーマというよりは、「○○を望むが、○○になるよね」というところで、全員がもともと同意するものになっていたように考える。
テーマを参加者にゆだねるよりも、この場の提供側が「パブリック・カンバセーションを体験する」という目的に対して、提供者側が意図をもってテーマを設定するというを行ってもよかったのではないかと思う。
11語りには、聞き手の当事者性を引き出すことが可能で、パブリックなものについて対話を行う時には、そのことが特に重要であると思いました。一方、聞き手の当事者性を引き出すことと、聞き手を信者にしないことの線引きはどこにあるのかという疑問点は残りました。
12自分の意見を置いていく、そこにどんな経験があるのかを声に出してみる。そんなことを繰り返していくうちに、自信が何を大事にしていて、何を怖がっているのかが見えてくる。誰かの意見や、経験にそうかもしれないと、揺らぎが出てくる。結果的に何が正しいという結果が出るわけではないが、これもあり、それもあり、じゃあ何ができるだろうという、
結果は出ないが、できることが見えてくる。そんな体験をさせていただきました。意見が異なる人に興味を持つことから何かが自分の中で変わるかもしれません。誰かを変える、環境を変える、そんなことを目指さなくとも、自身の見え方が変われば、それで自身が見ている世界が変わるそれが大切だと感じています。
 プログラム 2-3 ナラティヴ・セラピーのアプローチ方法で、組織、チーム、グループの問題に向き合う
1ドナルドの「ふたつの島とボート」ワークショップを思い出しながら、改めて、言葉を紡いでいくことの大切さ、言葉がリアルを創っていく考え方に基づいたベースを分かりやすく伝えて頂き、とてもよかったです。またなかさんのナラティヴマインドが伝わって参りました。有難うございました。ナラティヴに関して安易なテクニック論で捉えて頂きたくないなぁ~、そんな薄い記述で終えたくないなぁ~とも思いながら皆さんのご意見を聞いていました。ナラティヴに関して、いつまで経っても初心者の未だによく理解できていない私の感想です。
2問題が問題で、人が問題ではない、を具体的に表現する「言い回し」や「問いの立て方」が知りたい(その問いを組織のひとりひとりにすると何が起こるんだろうが知りたい)なと思っていました。その点では、冒頭に「あんなことを言うあの人は問題である」を「あのような言動が私たちの関係性に問題を引き起こす」と言い換える、の例は非常にパワフルだなと感じました。こういう言い回しの変化が組織にどのような影響を与えていくか?はこれからも学んでいきたいなと思いました。
3ナラティヴ・アプローチとことさらにいう必要はなくて、その考えを普通にワークの中に取り入れていくための工夫、アイディアがあるように思いました。(結果、ナラティヴらしさがどこにあるのか、わかりにくいという意見もありましたが)
4今回のアプローチの実践で最も印象的だったのは、一つ一つの問いを丁寧に、全員に対し問いかけて、心の中で感じていること考えていることを全部その場で言語化して語っていただき共有していかれたことでした。
組織やチームで生じている問題に丁寧に向き合い、何が起きているか、どんな影響が生じているかをじっくりと時間をかけ、しかも平等に誰一人とりこぼさずに意見をきいていくというアプローチは、そこにいる全員に当事者意識をもってもらうとともに疎外感を感じさせないために大切で効果的なプロセスであり、「問題」への扱い方として大変参考になりました。
ついで、どんなベストバージョンを望むのかも、やはり全員に語ってもらうことで、一人一人のベストバージョンが違うことにも気付けることを感じました。
何かの問題を解決しようとするときに、さっさとその要因をきめつけて、限られたメンバーだけで解決させようとさせがちだと思います。でも、実際には、そこにいる誰もがその当事者であり、影響を与えあいうけあっていることを体感できるプロセスが大切であることを感じることができ、今後、外部支援者として組織の問題に対処するときもよくよく心に留めておこうと思います。
限られた時間の中で実践的なワークを提供いただき、ありがとうございました。
 プログラム 2-4 看護における対話の可能性
1クライアントのそばにいるためには、治療者である前に、まず1人の人間であることが大事だと思いました。カウンセリングを受けて話を聞いてもらった体験が、後々生きてくるとわかりました。
2看護の世界でどんなことに悩んだりするのか、患者さんに対して、そして組織内での具体的なエピソードがたくさん聞けてよかったです!
3不確実性が許容される場をどう一緒にひらいていくか。ゆらぎやコンフリクトが生まれた文脈でどのように対話を続けることを目指していくのか。考える機会になりました。ありがとうございました。
4支援職・医療職の方との対話の重要性がわかりました。もっと、医療や支援の現場に対話の場を導入するお手伝いがしたいなと思いますし、野村さんや小瀬古さんと一緒にコラボしたいなと思いました。
 プログラム 2-5 震災被災地で心理援助職に何ができるのか?
1被災地支援したことを職場関係以外に話すことが初めてでした。自分にこんなに話したいことが合ったということに初めて気が付きました。
2 まずシンプルに,被災地に行って支援をするこという経験をされた方たちはすごいなぁ,と思います。ある意味,圧倒されるような印象を受けます。
 次に,被災地に行って支援をしたいと思う人が少なくないんだなぁ,という印象を持ちました。また,被災地に行けなかったことで後ろめたさのようなものを感じる人も結構いるのかもしれないと思いました(自分もこの一人ですが)。
 また,日本では文科省など,国とか何らかの組織による支援が多いように思います。天変地異に対する対策はほとんどそのスタイルだと思います。被害を受けた人たちはそれを期待し,ある意味で受け身の姿勢だと思います。しかし,もしかすると,他の国から来た人達にとってはこのスタイルになじめない人もいるように思います。その点は少し危惧される点です。
3震災被災地に関わる支援の話を聴く場をこれまで避けてきました。自分が心理職等支援職の立場でありながら、また偶然にもこれまでの大きな災害の際に時間に余裕があるのにも関わらず、何も活かすことができなかった、敢えてしなかったことの罪悪感…、逆に自分の性格や技術から考えるとそれが自分の立ち方で良いんだという複雑な気持ちです。
今回お三人の話を聴くことができただけでも自分にとっては大きな変化(成長?とまではいきませんが)です。ありがとうございました。
4震災の被災地でここころのケア支援が実際にどのようにされているのか知ることができました。現場の人は「大変」と言うに違いないという先入観を持たずにニーズをしっかりと把握する必要があるということが、伝わりました。
5限られた日程、制約のあるなかでも対話することができるんだと思いました。
6心理援助職の方が、こんなにも大変な思いをして現地の学校に支援に入られ、子どもたちのケアにあたってくださっていたこと、子どもたちだけではなく教員の状況にも心を寄せてくださっていたことを知り、本当にありがたく思いました。発表者の方々のお話を、「ありがとうございます」と思いながらずっと聞いていました。
7緊急時のスクールカウンセラー(SC)が、国主導でシステマティックに動いていること、しかしその現場では常に新しい状況への対応で手探りで動いているところがあること、平時のSCは個々の判断で動いているが、緊急時には組織的な連携のために平時とは全く異なる情報共有をしていること、情報量の取捨選択の中で個人的な思いと組織の中での役割との間の葛藤があること、など緊急時にこのような支援が行われているのだと、初めてお聞きする話ばかりでした。特にリレー的に時間をつないでいくという役割、そのフェーズごとの役割すべてがかみ合って、その後の支援に結びついていくということがよく分かりました。以前熊本地震の際に、病院でD-MATを送り出す事務方を担当しましたが、その頃はまだ現地が手探りでいろいろなことを行っており、せっかく派遣された部隊が3日間も待機させられ、実質的な支援ができなかったという経験もあるため、現在はSCの関係でもこのように速やかに連携、組織され動くことができるようになっているということが知れて、とても安心しました。いっぽうでコウさんの中期的な関わりでのお話を聞いて、いかに先入観(被災者はつらいはずだ)に私たちが影響を受けやすく、それを防ぐために言葉に工夫することの重要性を学びました。これは、災害時にかかわらず心しなければならないことであると感じました。私は心理職ではありませんが、日々のクライエントとのかかわりで、目の前の方が我々の先入観による制約をうけずに、自分のことを素直に語れるような場を作ることを常に意識していこうと思いました。
8被災された地域に他県から支援に入る方を支える仕組みや入る方の責任感や心情、被災された地域で暮らす人たちの様子などお話しいただいてありがとうございました。私は何もできていないですが、何か小さなことでもできることをやっていきたいと思いました。簡単には終わらず、まだまだ続くことだと思うので息長く忘れずに何か支援できることを見つけたらその都度参加していきたいと思いました。
9自然災害であっても、ショックを受けて何か困ったり障害を受けたりする人ばかりではないということと、支援したがりではなく、相手の話をきちんと聞くことがやはり大事だと感じました。また、比較的長くいられた場合と決められた期間に決められたことをこなさなければならない苦労も感じることができました。
10街灯のお話が胸に残りました。いろんな役割を抱えながら、それをわきに置き、時間を作り、何かできたらそんな思いで危険な場所に赴くにもかかわらず、被災した方々のあまりに大きな悲しみの前に、辛さがあってもそれを声に出してはいけない、援助者としてのつらさや被災した方々のつらさやその場にとどまり続ける支援職の方々のつらさ、大変さ、を聞かせていただけたと思いました。言葉として伝えられることには限界があり、まだまだそんなものじゃないというところかと思いますが、体験としてのお話を伺い、支援職としての覚悟や責任を感じました。自身の行動を振り帰り、少々自己嫌悪ですが、皆さんの言葉を聞かせていただけたことがまず一歩として受け止めようと思います。
 プログラム 3-1 ナラティヴ・セラピーとオープンダイアローグ~
1ナラティブ・セラピーとオープンダイアローグとの親和性、違いなどを感じることが出来たし、それぞれが補完し合う(足りないところを拾い上げる)仕組みであり、対話実践であることが確認できました。「あれか、これか」より「あれも、これも」で、様々に学びを深めていきたいと感じました。
2今現在、学んでいる「認証」&「可能性」について、体験的学びをさらに深めるとともに、今活動している現場でリフレクティヴな構造を取り入れていけたらいいなとさらに思いました。
 プログラム 3-2 自己物語再構成 ライティング法について
1お話を聴きながら考えていたのは、過去に作った人生曲線とこれまで語り慣れた自分のストーリーのことでした。例外探し・新たな視点・ディスコースの視点から改めてストーリーを点検し直したくなりました。自分で取り組むことが出来るワークというのはすごく良いと思いましたが、何人かで聴き合い、フィードバックし合っても良いように思いました。今後のキャリアカウンセリングの中でも活用してみたいと思います。ありがとうございました。
2どのような内容のプログラムなんだろうかと、ちょっとワクワクする期待する思いで参加しました。ナラティヴの理論的背景を基にして、ライティング法の具体的な内容やプロセス説明していただいた時に、クライアントさんが一人で行うことの難しさと共に、カウンセリングの中に取り入れていけるのではないかという可能性を感じました。実際、小澤先生からも同様の言葉もいただきました。受講した方の振返りの内容も伺わせていただき、自分自身がどのようなディスコースに捉われているのかを知る機会にもなると思いました。更新講習として実施されているとの情報もいただきましたので、受講した観たいと思います。
3大変興味深く楽しく学ばせていただきました。
今後の自分自身の目標にとっても、とても役立つ内容でしたので参加できて良かったです。ナラティブにおいてもまだ学び始めてばかりですが、改めて自己物語再構成ライティング法を学びたいと強く思いました。
4SNRW法の紹介をありがとうございました。事例紹介で、各人の内省が相当深められていることに驚きました。大変効果のある手法であると思いました。一方で、事前に説明するとのことですが、「セルフ」で効果的に行うためにはどうすればいいのだろうかと思いました。内省やオルタナティヴ・ストーリーを描こうとすることは大変な作業だと思いますが、ハードルは低い方がいいかと思いますので。他には、事例1で、Aさんが、ライフラインチャートによる表面的な内省の繰り返しは自身のドミナントストーリーの強化につながっていたとのコメントが印象に残りました。
 プログラム 3-3 「コレクティヴ・ナラティヴ」というジャーニー(旅路)
1自分にとってとても有益な学び・気づきがありました。日本社会では「人権」とか「正義」「差別」などが日常会話で話されないことが多いと思います。それは「話せない」の策略ではないかと思います。様々な大変な経験をされた人が,それを話せないというのもあると思います。私はこの「話せない」に関してもっと取り組もうと思いました。
2ディスコースに周辺化されてしまった人たちの秘めたる声、秘めてきた理由も含め、たどたどしくも、ゆっくりと、時間をかけて、その声たちが響き合う場をひらいて、広がりをもつことで、他の人たちの「周辺化されてしまった文脈」に光があたり、「人権」や「社会正義」の捉えなおしが始まっていくのではないかと思いました。それは、「周辺化された私(の文脈)」や「周辺化されたあなた(の文脈)」の「たたかい」の旅路なのだと。
3なんだか、コレクティヴ・ナラティヴ・ジャーニーに誘っていただけました。
4非常に濃密な時間を過ごすことができました。マラソン・オブ・ライフに関して、ケイティさんはじめ、皆さんが関わってこられた経緯の話が、グループ内でも自分事の話を引き出すことにつながっていきました。これもつながりの効果ですね。
5踏み躙られてきた人たちの言葉が死ぬ間際までその人だけの胸のうちに留められることのないように、私たちはしなくてはならないことがあると感じています。私のパートナーである在日韓国人や日本国籍を取得した友人たちの苦悩は、この島国の日本ではとても理解されづらく、そのことで憎しみや恨みの気持ちが大きくなってしまうことがあります。それは、誰も幸せにしない。そこへの突破口として関心があり参加しました。やはり、周辺に追いやられた人たちの話を聞くことの意味について、それこそが人間としての行為であり、人間でありづつけるために必要なことだとの思いを強くしました。グループでの時間がとても貴重な時となり感謝しています。また、ちゅうこさんのTグループ&ナラティブに関するお話をぜひ参考にさせていただきたいので、何か情報をいただけると大変助かります。
6あまり意識してきてなかった事が身近な問題としてとらえることができた。
7「人権」「正義」は日本では語りにくいと言われてきました。政治活動において「左翼」「リベラル」とされる人たちがが当事者から離れてしまい、主義主張を通すために運動しているような場合がありますが、運動家が自分たちを中心化してしまえば、人権も正義も変質してしまいます。そういった人たちへの批判とラベリングされたくない気持ちが日本の一般の人々の間では強いのではないかと感じていますが、何もしないことは被害を受けている人たちの存在を見えなくしてしまう危険性があることをいつも頭の中に入れておきたいです。ケイティさんの取り組みのように、一人一人の物語を大事にして、その人たちの声をしっかり拾い、残していこうとする姿勢や取り組みを行っていくと、賛同してくれる人たちが広がるのではないかと思いますし、声高な主張には慣れていない日本人にも取り組みやすいのではないでしょうか。
8ナラティブがニュージーランドでは、現在個人では使われなくなっていて、コミュニティーワークやソーシャルワークとして使われていることを知った。周辺化されている人たちの声を大事に、連帯を壊されないように、関係性を紡いでいく、コミュニティーとコミュニティーも繋いでいくような取り組みを知ることができて力をもらった。対話の可能性を感じることができました。また、そのようなことを大事にされ、本日集まられている方々の思いを垣間見ることができ良かったです。
9このプログラムの冒頭でロバートさんがビデオの中で「なんのために戦っているのか、(相手が)分かるまで強くあり続けてください」という言葉があり、強く心に残りました。
それは、私が経験した支援の現場での出来事がオーバーラップして思い出されたからです。
そのことがコレクティヴナラティヴとこのプログラムの流れとどう結びつくのかが分からないままでいたところ、「人権」という言葉も語られて、ますます私は心の中に留めておくことができなくなり、ブレイクアウトルームで言葉にしました。するとプレゼンターの一人であった一人の方(あらやすさん)がそこを回収してくださり、詳しく語る機会もいただきありがたかったです。
コレクティヴナラティヴをあらためて学び、実践する糸口のようなものがうっすら見えた気がしています。
10人権や差別という言葉のイメージは人権侵害や差別を受けている人側から見ることが多いように感じます。社会正義という言葉の意味がよくわかっておらず、正義を振りかざすイメージで社会的に良しとされる弱い物を排除する正義という感じだと受け止めていました。
性別でも差別があると考えると、いつでも自分が周辺化された人たちになる可能性があり、固定化された物ではなく自分の立場が入れ替わることが起きることだと思いました。周辺かされる人たちの存在に心を寄せることを忘れないようにしていこうと思いました。
11ニュージーランドでは、もう1対1のセラピーはほとんど行われていないという話で驚きました。逆に言うとグループや集団向けに使うことが当たり前に行われているということが目からうろこでした。また周辺化された人々の経験が、別の地域や別の経験をした方に伝わる、反応があるというのも新鮮な驚きでした。キャリアコンサルタントとして活動していますが、組織へのアプローチが課題になっていたため、とても良い刺激になりました。
12周辺化されている人々の声を聴く。アボリジニの長老の声で「正義と人権の戦い 何のための戦いか認められるまで強くあれ」という言葉が印象に残っています。認められた認められないだけではなく、次の世代のためにも強くある。

そのために、声を出せる場をが必要だし、声を出してみることも必要。声のあげにくさを抱えている人にとっての安心性も必要。それは積み上げて作っていくもので関係性となり協働が可能になるのだなぁと思いました。そこではアウトサイダーウィットネスやオープンダイアローグなどを取り入れることで、他者の声を聞く、自分の声を聞く、そこから思いを巡らすことで自分ごとなり、そのように考えたり感じたりすることや人が増え、起きているそれぞれの問題や社会の問題にも少しずつ明るさを待つ影響が確実に波紋のように広がっていくのだと思いました。またそれが強くなるといったことにもつながるのだと思います。ありがとうございました。
13前日とつながりのあるコレクティブナラティブのプログラム。さらに深めることができた。実際にオーストラリアで活動されている方のお話も聞けて、よりコレクティブナラティブが身近に感じられました。
14社会的な枠組みの中にあるそれぞれの集団において、どのような在り方があるのか、集団に個人として向き合うことは可能なのか、そんなことを学ばせていただいたきがします。冷たく寂しい場所から、少しずつ柔らかく暖かなものへと、変化していく様子が心に残りました。手紙というのは自分勝手なものという一面もあるような気がしています。自分勝手なものが相手の中で響き、共有してもらえる部分があり、自分の中で響き、繰り返し、自身も変化していく。直接的ではないかかわりの一例として大変勉強になりました。
 プログラム 3-4  ワーク「擬人化した問題にインタビュー」
1遊べるということの図晴らしさを初めての方とも感じ合えることができてうれしかったです!
2問題の外在化という、以前から興味があった分野ですが、このようなワークショップのやり方があるのか!?という目からうろこでした。これは、一般の方向けにもやれそうだな、と思う反面、「なんやこれ!?」っていう意見も出そうですね!
3今回は「自責の念」を、テーマにしたワークでした。ワークを通して、発案者の方の人生に関わることができ、他者の人生に関われることは、素晴らしいと思いました。
4先日NPACCの「外在化」のプラクティスに参加したのですが、なかなかうまくできず。問題をもっと擬人化する感覚をつかめたらやりやすいなぁ、とちょうど思ったところでのこのワークでした!「聴き手」と「話し手」でのワークではなく、悩み人と問題さん、に分かれたことでより、問題との距離感や関係性を客観的にとらえやすかったです。
「問題さん」に性格・キャラクターなどを感じ取ろうとすることで、「見たくない、目をそらしたい自分」から、「上手に付き合っていきたい、対処していきたい」として捉えられる感じがしました。
5ワークで今までにない体験をファシリテーターのガイドの下、安心して体験できました。
ありがとうございました。
6昔、ゲシュタルトセラピーで2つの椅子を使った似たような手法を体験したことがありますが、それはあくまで「もう片方の自分」という自分枠についてのワークショップだったのですが、今回は問題を共有テーマとしたことで、同じ「自責」でも、いろんな面と捉え方があることに気づけました。
「問題」側になっての発言は「無責任ゆえの楽しさ」があることを他の人と分かち合えましたが、こうした場面が意図しないと成立しなくなった今の不自由さを逆に思いました。
自分は仙台市で草の根でオープンダイアローグの活動をしており、今日得たものを、どこかに反映させられたらいいな、と思います。
7問題にも多くの側面があるので、そこを一つずつ見直すには良いワークでした
8問題を擬人化して、問題を抱えている人と問題を切り離した(距離を置いた)時に見えてくる風景について、ワークショップで体験することができました。「問題さん」になりきるのが最初難しかったのですが、具体的なインタビュー(問い)によって回答することができました。「問題さん」もいろいろな考えを持っていて、面白かったです。不思議な体験でしたが、問題を切り離すことの大切さを理解することができました。次は擬人化をカウンセリングの中でできるようにしていきたいと思いました。ありがとうございました。
9多面的に問題を捉えられることと、他者が語っている間は、自分自身は一歩引いて見ることが出来るのがグループワークの長所だと感じました。
10面白かったです。外在化の良さを楽しみながら実感できました。まさにワークショップらしいプログラムでした。積極的に外在化表現を取り入れていきたいと思いました。
11ナラティブセラピーの良さというものを体感した思いです。外在化というものがどういう事なのか、それによって、何がもたらされ、どんな場所に行けるのか、もっとその場にいたかったし、もっとインタビューを続けていたかった、そんな思いが続いています。このような練習の場がもっと欲しいです。
 プログラム 3-5 Tree of life 人生の木を描こう
1参加前は人生が混沌としているとネガティブに自分の事を捉えていました。参加して人生の木を描き、フィードバックでポジティブな言葉をもらいました。自分の現状も捉え方次第で全く変わるんだなと実感しました。楽しい経験でした。ありがとうございました。
2参加者の描いた木を見せてもらいながらその人の語りを聞くことは、その人の人生や生活そのものを受け止めることと感じました。また、自分の描いた木についてコメントをもらったことで、自分では意識していなかったことに気づくことができました。
 プログラム 4-1 深刻な問題にこそプレイフルアプローチ
1事例たくさん、ありがとうございました。最後の事例は長いことと、登場人物が多いことでうまく理解できませんでしたが、何度も読んでかみ砕きたいと思います。ナラティヴの知恵がつまったセラピーの事例で、ホワイトの逐語ともまた違って面白かったです。
2プレイフルアプローチはまったく理解できませんでした。正直に申し上げると、ナラティブ未経験にはセミナーの内容は難解で理解できませんでした。事例が長すぎて、頭に入らなく、アメリカで人種問題、薬物など、日本国内向けの題材ではないと感じました。
しかし、グループワークで他の参加者の方々と意見を交換する中で、そこのカウンセラーの方々に談話して初心者に教えて頂き、少しずつ理解が深まっていったように感じます。
同じグループワークの皆様も終始、戸惑いもありましたが、グループワークを通して他の参加者と意見を交換し、学びを深められたことに感謝しております。
3ブレイクアウトルームで、それぞれのフィールドで感じていることをプログラムを通して語り合うことは、共通の思いや経験を分かち合うことになり、勇気と希望をももらえたような感覚があります。ありがとうございました。。
 プログラム 4-2 組織にナラティヴの考えを持ち込むってどういう感じ?
1自分が学んできたファシリテーションの手法の中に、ナラティブの要素を組み入れて、さらに深い活動ができればよいと思いました。
2「すでにあるものに肯定的に目を向ける」このようなあり方で、まずは自分のいるグループのなかでの自分のことばを変えていこうと思いました。
一方で、自分もすでにやっていることもある、と自分自身に肯定的に目を向けることもできました。
3ナラティヴ・セラピーの技法を、産業に活かして行く方法を学ばせていただきました。
ダイアナ・ホイットニーさんの本を読んで、AIについて学び、いつか仕事でリーダーになる日に備えたいと思います。
4ナラティブセラピーと組織とのかかわり方は「小さな組織」により有効なのではないかと感じました。ナラティブセラピーについてしっかり学んでみたいなと思いました。
5「すてにあるものを再発見して、新しい意識で使う」ことに臨場させてもらうんですね。
6今回のお話を聴くことで、今まで実践したことに関しての基本姿勢に親和性、共通する在りようがあることを再認識した時間になりました。ナラティヴ・アプローチは、それらを統合することで実践に厚みがでるようにも思います。決して「技法」に飛びつくのではなく在りようも含め大切に関わっていきたいと思います。
7集団や組織の中でナラティヴ的な関わりはどのようにできるのかを、考えながら参加しました。大上段に構えなくても、ちょっとした場面でディスコースに隙間を与えるような問いをつぶやてみる~なんてことから始められそうだと勇気をいただきました。ありがとうございました。
8単純なネガポジ反転にならないためにも、art of questionや多角的な好奇心をもって聴くスキルを磨いていきたいと思います。当たり前のことを粘り強く紡ぐ、不確実耐性をもって♬勇気をもらいました。
9チャットにも書いたのですが、お二人の実践の歴史を丁寧に教えていただき、ありがとうございました。自分もナラティヴ前に実践していたことがあり、ナラティヴを学んで違いに気がついたり、頭の中が整理されたりといったことがありました。ナラティヴに興味を持ち、出会った時におお!と思うのは、その前からの課題意識があるからです。そのような人生におけるつながりを明らかにしていくことが、支援の場面でも大事なのではないかと思っています。
10説明が難しくて、初心者にはついていけてない感じでした。
何となく分かったような部分もありますが、実生活でどのように活かせばいいのやら…
経験と専門性が高い領域に感じました。
11とてもよい時間をありがとうございました!「リーダーでない人がリーダーシップできることが大切」「今あるものに目を向ける」という言葉が特に印象に残っています。自分の思いや考えを声に出せる場やそれを得るまでにも関わる人たちとの協働や関係性の積み重ねがあり、その上で今まで取り組んできたことや思いをしっかりと聴いていく。その時、どのように聴いていくのかどのような言葉を選んで聴いていくのかも改めて大切だと再確認できました。あらゆる状況やシーンで思い出したいです。ありがとうございました。
12対話の場面において危機感からのアプローチは、相手にとってはこれまでのやり方の否定に聞こえるかもしれないということと、なので、夢や情熱、希望に基づいた、今価値あることへの着目が重要だという気づきがありました。一方で、広告戦略においては危機感へのアプローチが非常に有効だとも感じており、なぜだ、とも思いました。
13組織に関わる時に用いられるアプリシエイティヴ・インクワイアリーという考えを知ることができました。さらにこの考えはナラティヴ・セラピーの流れをくむ物であるという事もわかりました。メリットとデメリットもあるようなので、デメリットは他の要素を取り入れて埋めていく可能性もあると感じました。このような方法を取り入れて組織運営がなされるならば、人がイキイキと働けて希望を持って前を向いていけると思いました。
14とても真摯に取り組まれていて、実践が伴った中身の濃さがあり、参加してよかったという感想です。発表内容も整理された資料の内容も価値あるもので、とても参考になります。取り組みの熱意が伝わってきてこちらも勇気付けられました。気負わず、一言から始めてみよう、ナラティブは組織を活性化する影響を与えうると思えました。発表の姿勢にもナラティブらしい柔軟性や謙虚さが体得されており、シンプルなタイトルにも誠実さを感じました。
15AIという新しい考え方、ファシリテーションの定義や考え方を知れてよかったです。自分の大切にしている考え方とナラティブを組み合わせて使う、共通点を見つけて応用する。まさに「すでにあるものを再発見して新しい意識で使う」という考え方に共感しました。
 プログラム 4-3 「いじめ・暴力に向き合う学校づくり」の上演をみて対話してみる
1読んだシナリオについてグループのメンバーで話し合えたことは、とても貴重な機会となりました。他の人の語りを聞いたことが、自分の語りに影響を及ぼすということがあり、メディエーションに対する理解が深まりました。
2「誰も責めない」ことを体現したナラティブ・メディエーション。対立関係にある人達が、お互いの人となりを理解する中で、自分から見た他者、他者から見た自分を理解しつつ、問題を一旦脇に置いた時に見える景色を、希望を、どう自分の人生に活かして解釈するのか。その答えは一つではなくいくつもあるが、お互いがそれを認め合えれば、対立が対立でなくなるということを、事例の中に見ました。
3グループトークで3人の方のお話を伺う中で、違うのにわかるという体験をしていました。そんな体験にも感謝したい気持ちになるのは、子育てしていて息子たちの友達との関係の中では違うということが何か悪いことのようになっている、だから自分の立場を表明しない、表明することは空気を読まないこと、のような風潮を感じるからです。
違うのに、わかる。そのことは自分を広げていくためにとっても大事なことだし、違うということから自分が見えてくることも、やはり伝えたい。だけど、何かそれを伝えることができないやりとりが学校の中にもあるように感じています。
よっしーさんが最後におっしゃった、この事例のように2人がじっくり話をする機会を得られたことは、2人の今後の人生においてどんな意味をもっていくだろうかと本当に羨ましく想像しました。また外国の方とお話しできたこと(グループメンバー)は、私たちの日本人としての当たり前を見つめることにもなりました。
4はじめてお会いする方との会話がサークル形式で繰り返して行われ、自分の中にあるものがどんどん豊かになっていくのを感じました。とても有意義な時間でした
5書籍の音読を聞いて感じたものをシェアするやり方だった。より深くいじめ、暴力について考えるきっかけとなった。
6原因追求。客観的に何が起きたか?ではなく、それぞれが語るストーリーの中から
 プログラム 4-4 キャリアのカウンセリングとナラティヴの出会いから実践へ
1kinuさんの実践での協働する会話の例をお話しいただき、キャリアカウンセリングでのナラティヴアプローチについて具体的に考えることができました。外在化はある特徴的なところだけ取り組むのではなく、文脈の中でセッションの始めから取り組む、という話も、ディスコースに縛られた相談者との向き合い方としてハッとしました!
2ナラティブアプローチをなんとなく理解できてきた気がしつつも、具体的にキャリアカウンセリングの中で実践に活用するにはどうすればいいかを知りたくて参加しました。
普段、転職を考える人たちがご相談に来られますが、転職なのか残留なのか、その他の選択肢なのかその方にとって「最善の選択」ができる支援をしたいと思っていたので、本日のお話で「他の物語もそこにある」と信じて話をお聞きし、出てきたことをその場にそっと置いて眺めてみる、というアプローチは自身の信念とフィットするものを感じました。実践での自身の在り方としてどんどん実践していきたいと思います。ありがとうございました。
3 キャリア支援の現場では相談に対し情報的今日するとか解決することが求められることも多々あると思います。それは大事なことだと思います・しかし,「解決」だけで対応できない話の時,ナラティヴのアプローチはとても有益だと思いました。
4今回は直接参加したいと思いました。直接参加すること。重ねて参加することの大切さを感じています。「辞めたい」という相談に対して、具体的にどのようなことを聞くのかという例示を示していただいて、行為の風景、意味の風景をどのように聞くのかということがより理解できました。また、カウンセラーとクライアントの間の会話を二人の間に「そっと置いて眺めてみる」ということも外在化であるとの説明がありましたが、このことは心に留めておきたいと思います。
5改めて自分を見つめ直し、大切なことを聞けた気がします。共感とは共にいること、単なる技法ではなく理論を学ぶこと、行為の風景と意味の風景をしっかりと聴いていき会話を広げていくこと、そして、聴こえてきたことをクライエントさんとの間にそっと置き二人でそれを眺める、外在化する会話。最後の、結果として「問題はなくなっていないのに、クライエントさんから自らが取り組めることについての語りが始まる」とのコメントが強く印象に残っています。ありがとうございました。
6・前半部分では、<あり方>が大切であるといことを改めて感じる時間となりました。また、事例を交えた内容が実務につながる学びとなったと感じています。また、プログラムの中で紹介のあった書籍についても拝読したいと感じました。ナラティブについて更に深めて行きたいと感じる内容で、今後、書籍やワークショップ等更に学びを深めて行きたいと存じます。
7学生へのキャリアカウンセリングをしています。カウンセリングの中で学生が訴える「〜じゃないですか」「〜すべきですか?」という言葉に毎回どう受け止めてどう扱っていくのか悩んでいました。本プログラムを拝聴して、この学生の訴えをディスコースの視点で捉えてみると、学生がディスコースを意識しすぎて苦しんでいたり、またディスコースを自分の考えのように受け取っていたりすることがわかりました。腑に落ちることがたくさんありました!ありがとうございます。